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 校 長 挨 拶
 平成21年度卒業証書授与式 校長式辞
校長 戸谷 賢司
 風は冷たくとも梅の花が春を告げる今日の佳(よ)き日に、平成21年度 東京都立文京高等学校 卒業証書授与式を挙行するに当たり、御多用にもかかわらず、多くの来賓の方々をはじめ、保護者や同窓会、地域の皆様、また、東京都教育委員会の御臨席を賜りました。高いところからではございますが、教職員、卒業生を代表して、厚く御礼を申し上げます。
 ただいま、279名に対して卒業証書を授与しました。
一人一人の晴れ晴れとした姿に充実感、達成感を見ることができ、安堵しています。心から卒業をお祝いします。
 諸君は、本校が2回目の重点支援校に指定され、その取組を開始した平成19年度に入学してきました。以来、文京の校訓「至誠一貫」の下、重点支援校としての大きな目標 『規律ある自由のなかで、学習と部活動とを両立させ、一人一人が志を高く掲げ進路実現を図る』このことに、それぞれがよく応えてくれました。
この3年間で、一つのことを成し遂げた自分に、自信と誇りをもってほしいと思っていますが、一方で、諸君が、日々、家族や友人に支えられ、また先生方に教え導かれ、地域の方々に助けられ、今日という日に至っていることについてもしっかりしたと認識をもってほしいと思っています。
 人間は一人だけでは生きられません。多くの人々の援助があって、初めて一人前の大人に成長することができるのです。ですから、これまで諸君の成長を支えてくれたすべての人々に、あらためて感謝の気持ちをもって、巣立ていってほしいと願っています。
 本日は卒業生の保護者の皆様にも多数御出席をいただき、ありがとうございます。
 省みますと、高校時代は一生の内で最も多感な時期であり、皆様には何かと御苦労も多かったことと存じます。本日、卒業証書を手にするお子様の晴れ姿をご覧になり、喜びも一(ひと)入(しお)かと拝察いたします。あらためて、お慶びを申しあげます。
 さて、諸君の門出にあたり、私が諸君に期待したいことの一端をお話し、贐(はなむけ)とします。
 戦後、日本は、敗戦の混乱の中から、勤勉さとたゆまぬ努力により、豊かで平和な社会を実現してきました。そしてその過程で、「人の人生には突然の中断などはありえない」と考えてきました。というのは、多くの日本人はこれまで、一度就職すれば、定年まで同じ職場に勤め、そこで与えられた仕事を勤勉にやっていれば失業することもなく、給料も年齢とともに少しずつ上がり、生活の安定を図ることができました。
人生とは、そういうシナリオどおりに運ぶもの、いや、そのはずであると、私たちは考えてきたわけです。
 しかし、平成のはじめ、ベルリンの壁が壊れ、東西冷戦が終結しましたが、それと、ほぼ時を同じくして、日本のバブル経済が崩壊して以来、その状況はすっかり変ってしまいました。
 終身雇用と年功賃金に守られた右肩上がりの経済は終わりを告げることになり、年齢とともに賃金が上がり、生活は豊かになるというシステムは期待できなくなりました。
さらに、今なお抜け出せないでいるリーマンショックによる日本経済の冷え込みが追い討ちをかけました。就職内定率は過去最低で、高校生も大学生も4人に一人は職につくことが難しい雇用状況となっています。
こうした大きな社会情勢の変化とグローバル化する知識基盤社会で繰り広げられている「知の大競争」は、学んだ成果の保証に加え、大学における学士力に対して国際的な通用性や共通性を求められるようになりました。
こうした時代の変化を踏まえると、諸君は「真の実力を備えた自分」というものを今後とも作り続けていくことが必要であり、かつ、重要になるのではないかと思っています。
卒業生諸君の多くは高等教育機関に進みますが、肩書きを身に付けるためだけの進学であってはなりません。
 学歴や学校歴、肩書きが通用するのは過去の時代のこと、どこでも「力を出せる自分」をつくることが大切です。ことに、日本の大学がユニバーサル段階に入り、望めば、誰でも自分の能力や適性に応じて高等教育を受けることができるようになった現在、何歳のころどこで学んだかより、学びの成果が問われる時代となっています。
教養を高め、技術を身に付け、自分の市場価値を高めるため、常に学び続ける。何でもよいと思います。自分をよく見つめ、冷静に問いかけ、自己の特性を発見する。そして、自分が得意とするものに一層磨きをかけていくことが大切です。
 諸君は、いずれは仕事に就きます。そのときに備えて、さらには自分が選んだ仕事を楽しめるよう、学びを通して、様々な力を蓄え続ける、そんなたくましくも賢明な生き方を卒業生諸君には期待しています。
 最後になりましたが、卒業生諸君には、健康にはくれぐれも留意し、それぞれの道で益々活躍されんことを祈念し、また、文京高校の栄えある同窓生として、末永く本校を支えてくれることを心からお願いして、式辞といたします。それでは、卒業生諸君 ごきげんよう。



 平成22年1月8日 全校集会(体育館)における話
「将来を見据え、長期的な展望をもって、地道な努力を積み重ねる」 
 
新年あけましておめでとうございます。
 平成22年も始まって今日で8日、今年のお正月は穏やかでいいお正月だったなと思います。
平成22年がみなにとっていい年になるように期待をしたいと思います。
 新しい年は元日からですが、学校は今日から、そして最後の第4四半期ということで、まとめの段階になりますので、そのことはきちっと諸君にも認識をしてもらいたいと思います。

 最初に、お正月ということで必ず話題になることがあります。「未来予想」です。産経新聞を持ってきたのですけれども、100年後には宇宙の旅ができます、それも「往復2週間の火星旅行」、「往復20年の太陽系外旅行」を目標に、技術的な課題と実現可能性を探る研究会が結成されたということが書いてあります。「反物質」のエネルギーを利用した超高速宇宙船と書いてあって私にはどういうものかよくは分かりませんが、開発までの100年単位の行程表が提言されるということです。夢みたいなことかもしれませんが、新聞を、過去の新聞を調べてみると、100年前に予測していたことが現実の社会生活の中では享受されているということがたくさんあるんですね。明治34年、ちょうど20世紀に入る1901年の報知新聞の中で「どんな社会が実現するか」ということがそこで書かれているわけですけれども、そのほとんどが実現しています。たとえば、電話、ファックス、空調機器の普及、インターネット社会の実現、電気エネルギーへの転換、交通機関では新幹線、地下鉄やモノレール、自動車の発達、野生動物の滅亡、大学進学の一般化など、そのときに未来予測されていたことが、今、現実の私たちの社会の中では当たり前のように考えられています。ですから、100年後宇宙の旅ができるということは、あながち非現実的なことではありません。ただ、その検証は私も、残念ながらここにいる人々全員が多分できないとは思います。
 こういったことを今なぜ話したかと言うと、100年経ったときのことを実現に向けて着実に進めていくためには行程表をつくり、日々地道な努力を積み重ねるということなんですね。みなも新年にあたって自分の夢や希望を再確認したと思いますが、その実現のためには地道な努力が必要であるということです。学ぶことを軽視したり、地道に努力をすることを嫌がったりするところに実現はありません。点の連続が直線になるように、一つ一つドットを刻んでいくということ、その作業以外に実現する手立てはありません。3年生は一週間後にセンター試験があります。そこで、これまでの地道な努力の成果が現れてくる訳です。
 この一年、諸君に期待したいことは、地道な努力をきちっとやれる構えを自分の中につくってほしい、具体的には一日2時間自分の勉強ができる生活の時間帯を一人一人がつくっていく。それから、物事の切り替えをどのようにするのか、自分で自覚をする、ということになります。
 今ここにいる2年生はあと3か月で3年生になります。3年生になってから将来のことを考えても遅いわけです。本校では1年生からどういう社会、職業に移行していくのか考えなさいと指導をしています。その考えをしっかりともつのが2年生の今の時期です。
 この二つのことを今年の大きなこととしてきちんとやってほしいというのが私の願い、期待です。ぜひ実現してほしいと思っています。

 最後に、先ほど司会(自治会生徒)から「膝掛けをとってください」「マフラーをはずしてください」という話がありました。諸君にいつも話しているとおり「場を清める」ということはその場に応じたふるまい、言動ができるということですね。これは全校集会で始業式ではありませんけれども、どういう場なのかということを一人一人が認識してそれに応じた所作ができるということは大人になるための絶対条件です。

 それでは、これから1月、2月、3月とありますけれども、ぜひ諸君の奮起を期待したいと思います。以上です。




 平成21年8月28日 全校集会(体育館)における話
「社会の中で何ができる人間になるのか」  

 夏休みが終わって、今日から前期の締め括りの期間が始まります。
 夏休みが始まる前に君たちに話をしました。夏休みはいろいろな体験をしたり、部活動に励んだり、紫雲祭の準備をしたりする。加えて、そうした中にあって、前期の締め括りにその時間を費やしてくださいと話しました。部活動では後で表彰を行いますが、いろいろ成果を上げてきてくれました。それから、紫雲祭の準備に一所懸命取り組んでいる姿も見ました。
 3年生は毎日学校の講習に来て、今年は日焼けもせず、勉強に打ち込んでいる姿、立派だったなと思います。今後その成果が出てくることと思います。
 夏休み中、2時間はしっかりと勉強をしながら、前期の締め括りに向けて自分がやり残したこと、後期に向けて自分の力を更に高めることを君たちに要望しました。
 どうでしたか。
 大学生の調査(前にも話したかもしれませんが)、1年生、大学に進学した学生を対象として、秋の勉強時間はどれくらいですかとたずねた調査がありました。「4時間以上」30数%、3人に1人くらいは4時間以上毎日勉強している。その反対に「1時間未満」は35〜36%くらいという結果でした。日本の大学生の質が落ちているというのは、学習量が足りないということ、そのことを如実に表している。
 先週、韓国で会議があって、韓国の高等学校に行ってきました。みなも知っているように、韓国は高校に入るときには入学者選抜はありませんが、大学に入るときには「スヌン(修学能力試験)」という統一試験があります。
 ちなみに、大学入試に関しては、個別に大学入試を行っているのは世界では日本くらいです。他の国では大体統一テストがあります。ドイツの「アビトゥーア」、フランスの「バカロレア」、いろいろな入試形態があります。
 韓国の高校に行ったら(韓国は完全学校週5日制ではありません、月2回ですが)、その高校は7時間の授業を行っていました。本校と同じように自習室があります。1,000人くらいの規模の高等学校でしたが、自習室には160人しか入らない。どのように使用するのか。驚きました。抽選というか先生の推薦によって使用が決まるのです。
 「何時くらいまで勉強をしているのですか」と質問したら、「夜の11時」という答えが返ってきました。
 そういう受験競争がいいかどうかは別にして、韓国の生徒は君たちと同じ年代でもそれだけ勉強をしています。若いうちにやるべきこと、鍛えるべきことはやらなければいけないのかな。これは他の国をとっても同じではないかと思っています。
 今、日本でも、高等学校とその次の学びの接続をどうするかということを真剣に検討しています。高校と大学、あるいは高校と社会、高校から職業へ、いろいろな接続があるわけですけれども、日本の高等教育界の接続は今すぐには変わりませんが、今後10年の中では多分変わってくると思っています。君たちの目的はただ単に高等教育機関に行くということではなくて、その次に社会の中で何ができる人間になるのかということだと思います。そのためには、今から自分できちんと学べるという構えと実際に学ぶというその時間を確保してほしいと思います。
 3年生はすでにそのことを実感として感じていると思いますが、ぜひ日々の努力の積み重ねをお願いしたいと思います。一歩一歩「点」の連続が「線」になっていくということをぜひ忘れないでほしいと思っています。
  



「夢を叶える通り道」は研鑽の時
文京生徒へ
 人には自分の意思ではどうにもならないことがある。なかでも、この世に生まれてくること、さらに命の終わりを知ることはその究極である。人生の始まりとその終焉は、自分の力ではどうしようもできない出来事である。しかし、生きていくことが無意味であるかというと、そうではない。生と死が自分からかけ離れたところにあるばあるほど、人は生きる証を求め、人生そのものを精一杯に生きたいと考えるのではないか。何故なら、この間においてのみ、自分の意思で何事にも挑戦し、自らを変化・成長させていくことが可能となりうるからである。とりわけ、高校の3年間という期間は、青年期の中でも最も多感な時期となり、悩みつつも自立に向かう。そして、自分の人生の大きな方向性を決定づけることになる。
 自立に際して、青年期にある若者は社会的責任や義務を一時免除され、様々な自分を模索してみることが可能となる。これがモラトリアムである。自己確認のためのあらゆる実験と試行錯誤とが許される貴重な期間で、そこでの成功体験は自己への肯定感や自信を深めることになる一方、反対に失敗や挫折からも多くのことを学ぶことができる。いずれにしても高校期は、自己の成長にとって重要な通過点、文京生の言葉で言うと、スローガン「夢を叶える通り道≪努力の汗、感動の涙、僕らの本気が文京(ここ)にある≫」ということになる。
 ところで、人の発達段階から考えて、人生には三つの区切りがあると言われている。それは、親や社会の保護の下、様々なことにチャレンジし自分を鍛え上げ、自立するまでの「研鑽の時期」、そして自立後社会的責任と義務を果たしつつ自己実現を図る「実現の時」、社会の一線を退いた後の「奉仕の時」である。この三つの時期はそれぞれが直線的に繋がっているのではなく、重層的である。実現の時に研鑽がいらないわけではないし、奉仕の時期に至れば、研鑽も実現も必要ないというわけではない。いくつになっても自己研鑽の努力と、自己実現の欲求は持たねばならない。そうしなければ、最後の奉仕の時期に立ち至っても、本当のエネルギーは湧いてこないのではないかと考える。
 文京生諸君は、今、まさに「研鑽の時」に生きている。この時期なくして、実現の時、奉仕の時をむかえることはできない。文京での3年間をどのように過ごし、自己をどのくらい鍛え育て上げたか、そして自己を成熟・高める習慣がどの程度身に付けたかが、生徒諸君の今後の人生「実現の時」を大きく左右することになる。目標無くして努力無し、努力無くして感動無し、感動無きところ成長無し。たった一度しかない自分の人生を豊かで実り多きものにするため、さらには社会貢献ができる成熟した社会人となるためにも、文京高生諸君には「夢を叶える通り道:研鑽の時」を大切にしてほしい。
 



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